「最初の一歩が二歩目につながる」--フランスの諺
GNUとLinuxは、世話好きや物を作るのことを楽しめる人、料理好きの方に向いています。
と、思うのは私が料理好きだからです。
例え話をしましょう。料理屋を思い浮かべて下さい。料理屋は、人のつながりで成り立っています。「つながり」が仕事をこなす姿は、コンピュータが動く姿と似ています。レストランとコンピュータ (ちょっと無理がある例です)
さて、貴方はお昼ご飯を食べるために日本料理屋に行きます。そこには、"貴方"と"中居"と厨房には"大将"が居ます。
この3人を、コンピュータを使う様子に例えてみます。
貴方 →コンピュータの前の貴方
中居 → 一太郎 (ワープロソフト)
大将 → WindowsやMacやLinuxやBSD
焼き網 → コンピュータ本体
さて、貴方の今日のお昼ご飯は鰯の焼き物です。(「めざし」ではないですよ)
貴方は中居に注文をします。貴方の注文を中居が大将に伝えます。
大将は注文の品を作り、中居に渡します。
中居は、貴方の前に鰯の焼き物を持って来ます。
この流れを、一太郎を使っている時に置き換えてみます。
貴方が漢字を太文字にするために、マウスをクリックして「注文」をします。
一太郎が注文をWindowsに伝えます。
漢字を太文字にして、一太郎がディスプレイに表示します。
コンピュータは、ハードウェア(機械)とソフトウェア(プログラムや データ)があり、両方相性が揃って初めて動きます。ハードウェア上に適切なソフトウェアが載らないとコンピュータは 動作しません。ですから、マッキントッシュというハードウェアに、 MS-Windows2000という OS を入れても動作はしません。大将とは何(OSのこと)
Mozilla(モジラ)というインターネット上の情報を検索閲覧するソフトウェアは、これは若干の違いがありますが、マッキントッシュのMacOS上でもIBM PC/AT互換機やPC-98上のMS-Windowsの上でも動きます。
ここで OS のもう一つの働きが重要になります。OSには異なるハードウェアの違いを吸収して
同じソフトウェアを動かすようにする役割があります。フォトショップを使う人は、マッキントッシュでもMS-Windowsのコンピュータのどちらでも大体使えますよね?
やがて UNIX が流行するにつれて AT&T は「UNIXは、AT&Tが最初に開発したんだからうちのもの」と主張し始めて、UNIXを商標に登録しました。そして、使用料の支払いとAT&T以外のものはUNIXという名前を使用することを認めないと主張しています。
さて、見た目も動作も UNIXと全く変わらないものを作ってもUNIXと呼んではいけないので、そういうものはUNIX互換のOS と呼ばれます。そして、自由に配布できるUNIX 互換の OS を作るには、AT&Tのものとは別に一から作らないといけないのです。
Linuxは、UNIX互換のOSのひとつです。Linusさんがはじめから作ったものなので、AT&Tの使用権に抵触することなく自由に配布ができ、変更も貴方が自由にできます。
GNUは「グニュー」と呼称します。GNUはソフトウェアの総称です。それらのソフトウェアは自由にコピーしたり修正したり、人にあげることができます。GUNはヌー?
AT&Tやその他の多くのコンピュータ関連企業が実施しているUNIXの厳しいソフトウエア契約(購入から更新に関して)に対抗して、Free Software Foundation(FSF)が組織され、「ソフトウェアの複製、再配布、理解及び修正に対する制限を撤廃するために」活動しています。
FSFはUNIXの最良部分を作り直して、それを全部ソフトウェアのコピー代程度で手に入れられるようにしようという組織です。そのソフトは自由にコピーしたり修正したり、人にあげることができます。FSFのソフトウェアは「GNU」という名前で総称されています。
GNU/Linuxは、自由に配布ができるUNIX互換のOSと、各種ソフトウェアが組み合わされたものです。
コンピュータ量販店や本屋で売られている、または雑誌の付録である「Debian GNU/Linux」「Kondara MNU/Linux」「Linux Mandrake」「Linux MLD」「LiveLinux」「Plamo Linux」「Red Hat Linux」「Slackware」「Turbolinux」「Vine Linux」「プロサーバ for Linux」等は、自由に配布ができるUNIX互換のOSと、各種ソフトウェアが組み合わされたものです。
GNUついてはhttp://www.gnu.org/home.ja.htmlをご覧下さい。
なぜLinuxを使うのか?
サーバや児童・生徒・学生・教員が使うコンピュータは、本体とOSにサーバーやアプリケーションソフトなどを揃えるとかなりの金額になります。
・数年前のコンピュータが手元にある
・コンピュータに関係する調べものがすぐにでる
・貴方の周りに共通の問題を解決しようとする仲間が居る
このような状況に貴方が居るならば、どっちのOSが速いかや優秀かはOSを選ぶ基準にはなりません。
どちらが目的にかなっているか。求める結果を得るにはどちらが便利か。
このように考え判断をすると、私たちはGNU/Linuxを使用します。
貴方がWindows95/98/Me/NT/2000/XP が動作するAT互換機を既に持ち、GNU/Linuxとはどのようなものかを"手軽"に体験したければKNOPPIXを使うと良いでしょう。 KNOPPIX(クノーピクス)はCDのみで動くことができるGNU/Linuxです。 MS-Windowsが入っているPCにCD-ROMを入れて動かせるので、MS-WindowsとGNU/Linuxを切り替えて使用できます。 若しくは周りで既に使っている人に見せて貰うと良いでしょう。(貴方の周りに「水先案内人」がいらっしゃらないならば私たちの文書サーバなどを見て下さい。)GNU/Linuxを手元に
友人などから中古のAT互換機を譲り受けられるならば、それにGNU/Linuxを入れましょう。コンピュータ本体を手に入れたならば、次はGNU/Linuxを入手します。本屋、コンピュータ屋のソフト売り場に行くとディストリビューション と呼ばれるGNU/Linuxを纏めたものが売られています。もしくは、コンピュータ関連の雑誌に付録されるCD-ROMを利用するのも良いでしょう。
GNU/Linuxインストールする時は、こちらを参考にして下さい。
「本書は"GNU/Linux"文化を伝える本です。"GNU/Linux"を単なる道具としてだけ使いたい方はご遠慮下さい。普通、ソフトウェアを買ったときに手に入るプログラムは、そのソフトウェアの仕組みが分かるものではありません。どれほど知識が注ぎ込まれても、私たちはそれを知ることができません。同じようなソフトウェアを作ろうとしたら、そのソフトウェアを作るのに必要な知識を再発見しなければなりません。
このような人的資源の浪費をやめ、文化の育成に努めなければ21世紀の子孫たちに何が残せるでしょうか。"自分達が手間隙かけて作ったソフトウェアで自分達は便利に過ごしたがもうそれはどこかに行ってしまって財産は何もない"では情けないではありあせんか。
プログラムや関連する文書が公開されていれば、使う人がそこから学び、改良することが比較的少ない努力で可能となります。このように複数の人が共同でソフトウェアを育てているのが"GNU/Linux"の世界です。"GUN/Linux"の世界に入るということは、開発者、管理者、ユーザーのそれぞれの役割を少しずつ担うということです。このような背景を理解して、自分がこの世界で果たせる役割を本書で見つけてください」
小さな荷物を背負う感じがします。この引用した文の問いかけの部分は、生活している上で文化を考える時の問題提起になっていると思います。
[コンピュータの話し] [globe3.ddns.net]